庄川町・会員情報

会員活動紹介

小川伸一さん 瑞宝小授章を受章(2020年12月掲載)

令和2年秋の叙勲において、会員の小川伸一さん(豊島区在住・庄川中昭和39年卒)が瑞宝小授章を受章されました。心よりお祝い申し上げます。
小川さんには総会に例年ご参加いただき、また平成28年5月に「防衛問題を語る」と題して講演をお願いするなど、東京庄川会の活動に多大なご協力をいただいています。
このたび叙勲に際してご寄稿をお願いしたところ、快くお引き受け頂き文章を頂戴しましたので掲載させていただきます。
なお当会関係では森川名誉会長のご実兄森川隆之様(和歌山県在住・庄川中昭和31年卒)におかれましても瑞宝中綬章を受章されております。おめでとうございます。

「叙勲に際して思うこと」(小川伸一さん寄稿)

 このエッセイは「叙勲に際して思うこと」と題したが、叙勲を吹聴するために書いたものではない。お世話になっている東京庄川会の吉田会長に依頼され、書いては消しを繰り返して書き上げたものである。2~3年前、別件でのご要望を断った経緯もあり、今回は断るわけにはゆかないと引き受けた次第である。
 10月中旬、長年勤めた防衛研究所の担当者から叙勲の対象になっているとの連絡を受けた。後日、瑞宝小綬章と伝えられた。瑞宝小綬章が何を意味しているのか分からなかったので調べてみると、瑞宝章の対象者は公共的業務に長年従事してきた人、換言すれば国及び地方公共団体の公務員を対象とすること、そしてそのうちの大綬、重光、中綬、小綬などの格付けは退職時の肩書によってほぼ自動的に決まることなどが分かった。私自身それまでは叙勲には無頓着であったが、いざ自分のこととなると、何故中綬章でなくて小綬章なのかという醜い疑問も生じた。調べると、大学の名誉教授は大体が中綬章で、私のような官庁の研究機関の退職者は、大学人と同じ研究・教育を業務としながらも小綬章が相場らしい。
 ところで、叙勲という出来事は自分の来し方を顧みる機会にもなった。しかしながらその前半は、挫折と後悔の繰り返しであった。中学時代、野球部に属しながら中途で挫折し、退部したものの、数ヶ月後に再度入部をお願いした。大学でも同様の行動パターンを繰り返した。要するに意志が弱かったのである。卒業時には友人達が進路を決め次々にキャンパスを去って行く中、研究者になるという決意も持たず、単に学生という身分を保ちたいために大学院に進んだ。自分の進路を決めかねて先送りするというモラトリアム人間の典型である。その結果、将来の選択肢が目に見えて狭まった。学部の新卒採用が原則であった当時の日本社会では、年齢的にもはや民間企業に就職する途はなく、社会からはじき出されるように研究を生業とせざるを得なくなった。
  安全保障や防衛問題に関心があったので、当時の防衛庁防衛研究所の研究職採用試験を受験したところ、辛うじて合格し採用された。既に20代後半で、友人達に比べ4~5年遅れてのスタートであり、学生時代のようによそ見をする余裕はもはやなかった。その後、上司に睨まれるなど何度か難しい時期もあったものの、何とか定年まで勤めることができた。定年退職は一区切りだったが、研究課題は依然残っていた。某大学の客員のポストを得て教育の傍ら安全保障問題に取り組んでいるが、依然、満足のゆく成果を出せないでいる。72歳を越えた今日、「日暮れて道遠し」を噛みしめる毎日である。

「東京朝乃山後援会」設立を祝う会に出席して(報告者:吉田会長)

2019年12月20日開催の東京朝乃山後援会設立を祝う会に森川名誉会長と出席して来ました。
今年の東京富山県人会連合会忘年の集いは、朝乃山後援会設立決起大会一色で400人を超える出席者で盛り上がりました。


設立趣旨は、富山県出身力士として34年ぶりに小結に昇進、そして11勝をあげ初場所は関脇で迎えることになった富山県期待の星は、更に頂点を目指して一気に登りつめるものと期待は膨らむばかりです。 そこで朝乃山が稽古に精進し、強い気持ちとケガをしない体力を養い、勝ち進めるよう声援を送りたいとのことで、在京富山県人会を中心に全面的に支援をしようとの趣意です。

彼に一目会った瞬間からまさに「気は優しくて力持ち」なる風貌は、今後多くの相撲ファンを引き付けてやまないものと確信しました。富山県人として是非とも応援したいと思います。同時に我がふるさと庄川町からもいつか関取が誕生することを期待するものです。                                                       以上

古平 真さん『サックスアンサンブル発表会』で堂々演奏(報告者:吉田会長)

2019年10月22日(即位礼正殿の儀の行われた日)ヤマノミュージックサロン銀座店において東京庄川会幹事古平真さんは、同世代のサクソフォン愛好仲間とのアンサンブル発表会でポピュラー曲7曲(下記参照)を堂々演奏、日頃の練習の成果を発揮され、応援にかけつけた関係者や友人たちを大いに楽しませてくれる発表会となりました。
2年半前からサクソフォン愛好仲間たち9名と、いつかオフィシャルな発表会を持ちたいとの合意の下、毎週火曜日夜に合同練習を重ね、また厳しい先生の指導にも耐え得意曲目を着実に増やし全員のレベルが上がったところで、先生のお墨付きを頂き今日を迎えたとのことです。

サクソフォンだけ9名による演奏会というのは小生は初めての経験であり、古平さん奏でるテナーサックスや他演奏者のアルトサックスとの融合した迫力ある、そしてセクシーな旋律は素人楽団とはいえ活き活きとそしてスリリングに聴けました。

予定した7曲の発表が終わり会場からの強いアンコールがありましたが、まだアンコールに応えられる曲はないとのことで、急遽先生の計らいにより、練習曲の美味しいとこの一部披露でお開きとなりました。
いやぁー楽しかった。 古平さん有難う!建築研究所経営する古平さんがこのように音楽の理解者であり且つ楽器演奏の実践者であること初めて知りました。次回はアンコール曲沢山準備しておいてください。(笑)
(後列右から2人目が古平さん)
演奏曲目
1.ダンシングクイーン
2.君の瞳に恋してる 
3.ドントストップミー
  ナウ
4.ルパン3世のテーマ
5.情熱大陸
6.シャイニーストッキ
  ングス
7.シングシングシング
 以上 吉田記(井田副会長と小生の妻も応援に参加しました)

令和元年東京富山県人会連合会懇親のつどいに参加して(土井副会長)

「令和元年東京富山県人会連合会懇親のつどい」が6月6日 ホテルニューオータニで開催され参加致しました。平成から令和の御代となり最初の郷友会のつどいとなりました。 大相撲夏場所で優勝し初の米国大統領杯を受けた朝乃山関も駆けつけ、ステージ前は黒山の人だかりとなりました。











例年通りおわら・こきりこ・麦屋の演舞が披露されました。 砺波市出身者の円卓に庄川町出身のご夫婦が参加されており、 「あんた、庄川のどこけ?」「昔の青島小学校の近くで・・・」 「いま、役場になっとる・・」「一本橋にでっかい水車が回わっとって・・」 「川のふちのあこの魚屋で夏にイカのいろつけ焼いとって、 学校の帰りどったいうんまそうな匂いして・・・・」 「いろつけ???・・あ・あ・そうそうあれ・イカのあれ」 「あれ」で意味が通じる年代に「イカのいろつけ」がにわかに登場して 話ががぜん盛り上がり、来年も息災で再会する事を約束しお開きとなりました。
 以上 以上報告でした。(東京庄川会副会長 土井 努 記)


2019庄川町夜高行燈コンクール審査員に参加して(6月1日:土井副会長)

今年も天候にも恵まれ花火と夜高日和の観光祭でした。 審査員席隣の関西庄川会・小西さんもお元気そうで毎年審査に参加との事。
今年から、昨年9月の北海道胆振東部地震で被災した姉妹都市のむかわ町復興の祈願を込め 14町内全ての夜高行燈・大小24基に、「かんばれ!むかわ」「祈る・むかわ復興」等々・・・の文字が入りむかわ町との絆がいっそう深まっている事を感じました。
庄川町とむかわ町は大正から昭和の初期、木材を川に流し運送する「流送」の職人が北海道・鵡川に出向き働いたという歴史的なつながりが有り、1995年に姉妹都市となりました。 むかわ町の竹中町長以下5名も審査席に参列され、夏野市長から「来年からは正式にむかわ町長賞を追加してより盛り上げて行く」との挨拶が有りました。

今年の審査は審査員が14町内の夜高を一基一基廻り、まじかに見て審査しました。 ある町内の夜高行燈の前ではっぴを着た年寄りの方か25ら、行燈を指さし 「この赤がおらっちゃの赤ながで、なんともいわせん色ながやちゃ」と説明を受けました。 昔、水が張られた田んぼのあぜ道を行くろうそくの明かりに浮かび上がる夜高行燈の赤色は、きっとこのような色なのだと感じました。 今も夜高行燈の一部分におらっちゃの伝統の「なんともいわせん赤色」がしっかりと残っておりました。
<審査結果>最優秀砺波市長賞 → 下村(写真)
      砺波市議会議長賞 → 中之島

 『青田ゆく夜高行燈極彩色』松井寒灯(庄川町町報平成5年7月版より)

(以上報告 土井)


2019となみチューリップフェア開会式に東京庄川会から吉田会長が出席
(同会場にて北海道むかわ町竹中町長に震災お見舞いの挨拶、翌日泰栄農研柴田会長訪問)

4月22日(月)開催となみチューリップフェア開会式に出席しました。快晴の下、開会式セレモニーは例年通り華やかに開催無事終了。今年は新しいシンボル「チューリップツリー」や「見晴らしの丘」が登場。アジア各国からの沢山の観光客も加わり国際的イベントに成長しているようです。

当方には庄川支所長川島ひとみさんが世話役でついて頂きました。夏野市長からも当方出席に謝意を頂戴しました。今年も姉妹都市北海道むかわ町から竹中町長始め関係者の方も多く参加されており、幸い竹中町長と久しぶりにお会いでき昨年の地震大災害につきお見舞い申し上げました。東京庄川会総会でも状況説明し会員も一刻も早い復興を祈っています旨報告させて頂きました。町長からはマスコミでは紹介されていない悲惨なところがまだまだ残っておりこれからも大変な努力が必要だとの言葉を頂きました。一日も早く日常生活が戻ること祈るばかりです。

翌23日に賛助会員の泰栄農研を訪問。柴田社長から温泉水のミネラルを生かした庄川おんせん野菜としてトマトの商品化に成功したお話を聞いてきました。庄川温泉郷の温泉水はナトリウム・カルシウム・鉄分等多く含み甘味や香り、つや、根の張りが増し糖度は8.5度、全体としてまろやかな風味が漂っており本当に美味しいですよと、まだ開発
段階なのか低姿勢ながらも自信に漲った説明をして頂きました。小生も砺波市へのふるさと納税のお礼品として「庄川おんせん野菜」をチョイスしていますが本当に甘く美味しい野菜です。


以上報告でした。(東京庄川会会長 吉田敏一記)


平成30年度 東京富山県人連合会・忘年の集いに参加して

12月21日東京富山会館にて開催された東京富山県人連合会・忘年の集いに参加致しました。 講演会で来年のオリンピック・東京2020大会に向け日本レスリング協会 福田会長(滑川市出身)より開催準備の進捗説明が有りました。聖火リレーは来年の3月26日、福島県をスタートし、7月24日まで121日間にわたり各地をリレーするとの事です。 スタジアム、33の各競技会場、選手村、経済波及効果32兆円等々、具体的な説明を聞きますと 来年はいよいよオリンピックイヤーであることを実感しました。 1964年東京オリンピックで聖火が石川県から倶利伽羅峠を超えて富山県にリレーされたおり 東京庄川会会長の吉田少年も聖火リレーランナーとして参加したとの事です。
講演の後、米騒動100年映画「百年の蔵」の説明が神央監督から有りました。 大正7年(1918)漁師町魚津から起こった米騒動。日本最大の民衆が蜂起した米騒動の発端は 確かに魚津の母ちゃんたちでしたが漁に出る父ちゃんに一升飯の弁当が欠かせない。 米は毎日食べる分だけ買っていた大正の漁師町。その一升が買えない値段にまで高騰した時 母ちゃんたちは一斉に立ち上がりました。しかし「非暴力」を通して。(魚津では米蔵の打ちこわし等は無かった)魚津町役場は米騒動の17日後、かあちゃん達の声を聞き届け貧民の救済と米の安売りに乗り出しました。 なぜ女たちの声は聞き届けられたのか。そんな100年前の魚津の米騒動の知られざる真実を 探り、史実を発見するドキメンタリー映画との事です。 「百年の蔵(旧十二銀行米蔵)」が魚津の米騒動のシンボルとして今も現役の倉庫として残っているそうです。

追記ですが当日、日本のトランペット演奏の第1人者、杉本峯夫東京芸術大学名誉教授の紹介が有りました。富山商業高校吹奏楽部でトランペットを吹いておられた方で芸大に進まれました。 個人的な話ですが昭和30年代後半、庄川中学のブラスバンド少年だった筆者は当時、坪島先生指揮の定期演奏会を毎年聞きに行った事、コンクールの事、夏休みにブラスバンド部員全員で 富山商業まで楽器をかついで出かけて行きそれぞれのパートの「兄さん」達に指導を受けた事、等々大変懐かしく昔話をさせて戴きました。(土井記)

東京富山県人会連合会 平成30年「懇親の集い」に東京庄川会 山本吉明幹事が出席

東京富山県人会連合会 平成30年「懇親の集い」に参加して
                            平成30年6月15日                            山本 吉明 記
6月7日(木) ホテルニューオータニ 鶴の間で開催された「懇親の集い」に参加してきました。 まず驚いたのが、規模の大きさと豪華さであります。 C:\document\⑤個人的情報\東京庄川会\IMG_2274.JPG

来場者は来賓を含め、約900名と、会場は溢れんばかりの人・人・人でした。

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小林大祐さん

式典前には、富山市出身のオペラ歌手「小林大祐さん」のバリトン演奏会で始まり、その後、桑山会長の開会挨拶に続き、来賓の石井隆一県知事から県況報告がありました。
北陸新幹線開通してから3年経たが、開通前に比べ好影響が継続していることや、昨今は特に県外からの移住者が増えているそうです。一昨年は350名前後、昨年は700名を超え、それも若い世帯が増えているとのことでした。富山県の「住み良さ」を裏打ちしているのかもしれませんね。

引き続き、富山県ゆかりの「特別ゲスト」の方たちの紹介がありました。
①八尾町出身の女優「柴田理恵さん」、②富山市呉羽出身の力士「朝乃山関」、③おわら風の盆を題材にした映画「燈火 風の盆」に出演する「橋本マナミさん」、④氷見市出身のタレント「椿原愛さん」から、一言づつ、コメントがあり、会場からは温かい拍手と歓声で盛り上がっていました。

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①柴田理恵さん  ②朝乃山関と高砂親方    ③橋本マナミさん   ④椿原愛さん
私も、この好機を逃さまいと、ちょっといやらしい目で、ツーショット写真をしっかりとお願いしました。

また、私事ですが、偶然にも高校の同級生と、卒業以来50年振りに再会することが出来ました。会った瞬間、一気に50年前にタイムスリップして、部活動で共に頑張った仲間たちの話に夢中でした。

祝宴では、ふるさとメッセージや頑張る県人紹介のコーナーがあり、在京会員へのPRや相互交流の一助になっていました。さらには、ふるさと民謡「むぎや節」「こきりこ」「越中おわら」の唄と踊りも披露され、思わず口ずさむ人たちもおり、まさに望郷のひと時でした。

東京庄川会としても、会の意義をより高めるため、もっと庄川町「在住者やゆかりのある方たち」に輪を広げて、ふるさととの一体感や、交流の拡大・深化させることが必要だと実感したところです。

いずれにしても、多くの参加者とさまざまなスポンサーの協賛があり、潤沢な財政状況を思わせる楽しい盛りだくさんな「懇親の集い」でした。

                                                               以上

付録
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「2018庄川町観光祭夜高行燈コンクール」に東京庄川会吉田会長が出席


6 月2 日(土)今年も天候に恵まれ日中気温24~5 度の汗ばむ中で、夜間は恒例の大花火大会、そして光のファンタジーに続いて夏野市長号令の下、大観衆のど真ん中で夜高行燈コンクールがスタート、審査員として参加いたしました。


今年は石井県知事ご夫妻にも初めてご出席頂き、郷土の観光祭もいよいよ地方区から全国区へと大きくステータスアップしたようです。「ヨイヤサ!ヨイヤサ!」出場した9 騎が互いに競い合い、夜高行燈の美しさ・彩り、団結力が審査される中で今年は中之島若連中が見事最優秀賞、そして下村・金屋がそれぞれ優秀賞を獲得、東京庄川会賞を渡し、優勝チームとの記念写真に収まりました。

私事ですが今年は娘と3 人の孫(7 歳・5 歳・3 歳)も帰省し、我が町内西部の子供行燈を引かせてもらいました。都内や他都市の山車や夜高を観光で見ることはあっても直接に引くことは経験なく、初めて会った子供仲間たちと元気に引いていたのが印象的でした。今年は西部町内の児童も増えて閑古鳥が鳴いていた数年前とは雲泥の差があるようです。嬉しい限りです。
西部町内同様庄川町全体にも子供たちの元気な声が響き渡ることを心から切望する次第です。
会員の皆さんへもぜひお孫さんたちを連れての子供行燈参加を推薦します。


以上報告 吉田

「東京富山県人会連合会」平成30年度定時総会・講演会に東京庄川会井田副会長が出席

平成30年3月23日(金)午後3時から東京富山会館5階会議室で行われた東京富山県人連合会の『平成30年度定時総会・講演会』に参加しましたので、報告します。

暖かい春の日に誘われて、総会の前に少し足を延ばし、駒込の六義園のしだれ桜を見に寄りました。ほぼ満開で、園内はたくさんの人でしたが、平日のため込み合うほどでなく、ゆっくりと園内を散策できました。近くのレストランでパスタのランチを食べ、白山下の会場までブラブラ歩いて、少し早目に会場に入り、前から2列目に席を取って開会を待ちました。
3時から総会が始まり、まず、この一年の物故者に黙とうを捧げ、会長の挨拶の後、議事に入りました。第1号議案「平成29年度事業報告・収支報告・監査報告」、第2号議案「平成30年度事業計画・収支予算」、第3号議案「任期満了に伴う役員改選」と議案通り可決され、総会は終了となりました。なお、役員改選では、東京庄川会から吉田会長と森川名誉会長が常任理事に再任されました。また、東京庄川会に来賓として何度か参加された大松日出夫氏が、専務理事を退任され相談役に就任されました。

休憩をはさみ4時から講演会です。講師は北日本新聞社代表取締役社長の板倉均氏。略歴によると昭和47年北日本新聞入社の68歳。私と同い年、なんとなく親近感を感じました。演題は『富山を感動で包みたい』でしたが、それにこだわらず様々なエピソードを紹介され、肩の凝らない40分があっという間に過ぎ、この後予定があるとのことで、風のように会場を後にされました。エピソードの一部を紹介しますと、プロ野球ロッテの石川投手(富山県出身)と新幹線で偶然乗り合わせて、無口と言われる石川投手(担当記者評)から多くの話を聞き出したこと、そしてきちんとした気持ちのいい話しぶりだったこと、女子ゴルフプロアマ戦で一緒にラウンドした女子プロの挨拶や言葉遣いなどの礼儀正しさに感心したこと、そして帰りの飛行機で樋口久子会長の席が近かったのでそのことを言ったら、我が意を得たりの顔で、「女子プロになると2年間みっちり人との接し方の教育をします」と話されたこと、など。これらのエピソードに関連して、氏の言葉として「挨拶が人間関係の始まり(基礎)、特ダネの第一歩は挨拶」、「段取りが仕事の成否を決める」、「地域が発展するには単独ではダメ、連携して共に発展することを考える」などジャーナリストらしい話の切り口が印象に残りました。ちなみに、北日本新聞は、昨年『議員の政務活動費不正の取材・報道』により新聞協会賞を受賞しています。
以上報告 井田

東京富山県人会連合会2017年『忘年の集い』に東京庄川会吉田会長が出席

12月22日(金)18時より開催の題記忘年の集いに、東京庄川会を代表して参加してきましたので下記に内容と当方所感を報告します。

1. 場所:東京富山会館5F
2. 構成:①講演会:18:00~19:00 富山市出身映画監督 本木克英氏
       演題:「富山と映画」
      ②懇親会:19:00~20:00 
       県人会会長挨拶、県議会議長挨拶、首都圏本部長挨拶、歓談、 祝電披露、
       「ふるさとの空」合唱、
       大松専務中締め、 以上
なお事務局担当者会議(来年度の県人会企画や要望調査等)が講演会前の17:30よりあり同様に出席しました。
3. 所感

第一部講演会は富山市出身、現在業界で大活躍中の映画監督本木克英氏の講演「富山と映画」は娯楽的分野とは言え、「映画と社会」、「テレビドラマと地域の密着・関連性」につき硬軟自在に、面白おかしく、易しく、深く、そして臨場感あふれる内容と感興をそそる話しぶりに、出席者全員本木監督の世界に陶酔したようでした。
かって富山県は20年近く映画撮影がない時代が続き、その後誘致に極めて熱心で県知事、富山市長等の映画への協力度高く、富山市の*フィルムコミッション活動*も著しく、また富山市は北九州市と並び市民のエキストラとしての協力度も抜群に高いとのことです。 かの半世紀続いた名作「男はつらいよ(フーテンの寅さん)」の撮影がまだ行われていない県は、富山県と高知県?2県のみで本木氏へかなりの撮影要請があったものの実現に至らず、結果として次なる名作「釣りバカ日誌」シリーズで漸く約束を果たせたとのこと、まさに心の琴線に触れる苦労話で同様に盛り上がりました。 本年フリーになり、新作は2018年配信連続ドラマ「しろときいろ」(川口春奈主演)、同じく2018年6月公開の映画「空飛ぶタイヤ」(長瀬智也主演、ディーンフジオカ共演)が予定されています。後者はかっての○○自動車の欠陥車による交通死亡事故とその責任の所在をテーマとしており、損害保険会社に勤務していた小生にとってはその事故解決に対する対応につきどう描写されているか大いに興味を持つばかりです。
富山県人・本木監督のますますの活躍を心より祈るばかりです。
*フイルムコミッション活動* とは映画やテレビドラマ、CFなどのロケーション撮影を誘致し、屋外撮影がスムーズに行われるように支援する非営利組織。

本木克英氏プロフィール
1963年富山市生まれ、富山中部高校卒、早稲田大学政治経済学部卒業後1987年助監督として松竹入社。
1998年「てなもんや商社」で映画監督デビュー。
以後多数の娯楽映画やテレビドラマを最前線で監督。
以下主な映画監督作品
「釣りバカ日誌11」「釣りバカ日誌12」「釣りバカ日誌13」「ゲゲゲの鬼太郎」シリーズ、「すべては君に逢えたから」「超高速!参勤交代」シリーズ等々

第二部懇親会は恒例の「かまぼこ・かぶらずし・ますずし」の富山県3点セットを皮切りに県内著名酒造所の蔵出し・大吟醸等の日本酒で大いに語り合い賑わいました。本木監督ともいろいろ話ができ、又東京魚津会の皆さんとすっかり意気投合!かっての職場上司や砺波会の渡辺教授とも旧交を温めることが出来、ほろ酔い機嫌で帰宅出来ました。
以上報告 吉田


庄川中学校創立70周年記念式典・講演会に東京庄川会吉田会長が出席

平成29年10月21日(土)開催の母校創立70周年記念イベントに東京庄川会もOBOG団体としてご招待に与かり、会を代表して出席してきましたので下記に簡略ながら内容を報告します。

1.記念式典
国歌斉唱後、榊学校長式辞、目録贈呈、来賓(砺波市教育委員長)祝辞、校歌斉唱。
榊校長先生からは創立時の時代背景や庄川町の状況、そして創立20年までの主だった校史や生徒の気質等詳細な説明、また一方全国に集う母校を想う先輩組織の存在(東京庄川会も本日出席頂いている報告あり)、70周年を迎えての学校や生徒の今後展望等につきご報告頂きました。卒業生は累計で8,900余名とのことです。
*上記目録内容は「校舎外照明機器4基」(生徒下校時に明るく照らすものです)

2. 記念講演
  演題:「楽しい音の世界」
  講師:森川 隆之氏
  先生方、全生徒、招待者、一般参加者を前に、体育館中央でピアノを弾き語りながら
  先ずは世界各国の特徴的な曲を披露、説明を加えて
  (1) リズム(2拍子、3拍子、4拍子、日本人は2拍子のDNAが多いとのこと)
  (2) メロディー(美しい曲はクラシック、歌謡曲ジャンル問わず美しいものだ)
  (3) ハーモニー(メロディーにハーモニーを加えることで曲が様変わりする)
  の3大要素につき楽しく丁寧に教えて頂きました。
  大変ユニークな且つ音楽素人にも大変楽しいわくわく感の1時間余りでした。
  それにしても現役中学生と我々団塊世代とは習った音楽教科書内容が相当違うとの
  ことですが、楽しいながらも演奏曲の反応ぶりに強烈な世代間格差を感じた次第でした。

  森川隆之氏プロフィール
  S15年:庄川町生まれ、庄川中学校卒
  S33年:福野高校中退、S35年東邦音楽短期大学付属高校卒
  S39年:東京芸術大学音楽学部作曲科卒
  以降東京都立学校教諭、ミュンヘン国立音楽大学留学、
  S58年:和歌山大学教授
  以降和歌山大学教育学部付属小学校校長併任され、
  H18年同大学退官名誉教授。
  H2年にはサントリー地域文化賞、その後も和歌山県文化功労賞、
  文化庁地域文化功労賞との輝かしい受賞歴をお持ちです。


  以上報告でした。(東京庄川会会長 吉田敏一記)


東京砺波会に東京庄川会井田副会長が出席

先週土曜日10月21日、東京砺波会に出席しました。 当日の様子を報告します。
総会の議事終了後、来賓挨拶2名(市長、県人会専務)あり、 アトラクションのマンドリン
演奏(砺波出身の方)の後、乾杯で懇親会となりました。
私の席は来賓席(1テーブルに12人)で、会長、副会長らと同席でした。
以前庄川会に出られた吉田副会長(女性)と県人会の大松専務が隣でした。
料理は、各テーブルに大皿で運ばれて、めいめいが取り分けるスタイルでした。
会場の係の女性が飲み物を運んだり、料理を取り分けてくれたりしていました。
今年東京庄川会に出席される幹事長の舘さん(私と同い年)や、 市議会議長随行の
有澤さん(雄神在住)と、いろいろ話ができてよかったです。
そのうち、「ふるさと」の演奏(みんなで合唱、ではなく)や、 万歳の交換があり、
閉会の辞があったかどうかわからないうちに、 参加者が三々五々と退出し始め、
何となく散会という感じで終了しました。
ちなみに、市議会からは、今年は今藤(こんどう)議長が庄川会に出席とのことです。

以上報告でした。(東京庄川会副会長 井田誠治記)

第65回庄川町観光祭 夜高行燈コンクール及び庄川音頭街流し見物の報告

平成29年6月3日(土)~4日(日)にかけて開催された庄川町観光祭初日に今年も審査員として参加、翌日はヨサコイ演舞第1部及び庄川音頭街流し等を見物してきましたので報告します。
3日、夜来の雨もすっかり上がりお祭りモード、午後8時に花火大会開催そして9時前からは恒例の夜高行燈コンクールスタート。
今年は1騎増え9騎の出馬、「豊年じゃ、満作じゃ、ヨイヤサ!・・・」の轟音!
各騎前年よりも鮮やかな彩りと鍛え抜かれた組織団結力を披露して1時間余り、大いに盛り上がる中、僅差ながらも最優秀賞は実力者の下村チーム、優秀賞は中之島、東部の両チームが選抜され、それぞれ優秀賞チームに東京庄川会会長賞を授与させていただきました。
各チームとも少子化の影響を受け、担ぎ手が減っているようで、関東在住の会員皆さんのお子さんやお孫さんも帰郷すれば一緒に担がせてもらえるようです。是非来年でもチャレンジしてください。

4日、午後庄川支所内での迫力あるヨサコイ演舞を見て、生涯学習センター通りへ移動。新庄川音頭と小さい時から馴染みのある庄川小唄の街流しを篤と見学、日本経済右肩上がりまっしぐら、まさに昭和30年代後半の懐かしさがこみあげました。
我が庄川町は残念ながら人口は少しずつ減少していますが、そして自分もその原因のひとりであること明白ですが、故郷を離れるときは誠に勝手ながら改めて庄川町の活性化を祈るばかりでした。



以上報告でした。(東京庄川会会長 吉田敏一記)

東京富山県人会連合会「平成29年度懇親のつどい」に東京庄川会井田副会長が出席

平成29年6月2日(金)午後6時よりホテルニューオータニ鶴の間において開催された東京富山県人会連合会の「平成29年度懇親のつどい」に参加しましたので報告します。
東京庄川会からは、金子朝子さんご夫妻と藤井禮子さんも参加されており、東京井波会の方たちと同じテーブルで食事や歓談を楽しみました。
来賓祝辞で挨拶された綿貫民輔氏の、まだまだ衆議院議長が務まるほどのはっきりとした声にびっくり。
オリンピック金メダリストの登坂絵莉さん、大相撲の朝乃山関の来賓紹介には大きな拍手が。
懇親会が始まってすぐに、来賓として参加されていた夏野砺波市長がテーブルに来られ、記念撮影としばしの歓談をしました。今年も東京庄川会を楽しみにしていますとのことでした。
同じテーブルには「オリンピックおじさん」こと山田さん(井波出身)がおられ、他のテーブルや会場の係の方がひっきりなしに「一緒に写真を」と言ってこられ、堂に入った対応をされていました。
アトラクションの越中おわら節やむぎや節の演奏と踊りもあり、終了予定時刻を大幅に超過して9時半過ぎにようやくお開きになり、金子さん、藤井さんとは今年の総会での再会を約して帰路に着きました。

以上報告でした。(東京庄川会副会長 井田誠治記)


但田幸禧さん 福野中学校修学旅行生徒に向け早稲田大学にて講演

平成29年4月26日~28日にかけて実施された福野中学校修学旅行一行の早稲田大学訪問時夕食交流会にて、東京庄川会顧問で早稲田大学OBの但田幸禧さんが同校3年生107名に向けて
① 本当の勉強とは何か
② 外国人に日本の歴史文化社会を語れる知識と教養を身に着け、片言でもよいから伝える交流を
③ 音楽、美術、芸能なんでもよいから身に着けて豊かな人生をおくってほしい
の内容で講演されました。

当行事は、東京富山県人会連合会の主催する「首都圏研修旅行サポート事業」の一環として実施、福野中学校がエントリーし承認され実施の運びとなったものです。
一行は県人会連合会の山崎昇顧問(福野出身)、東常務理事(利賀出身)等の歓迎を受けて東京スカイツリーの電波塔としての役割、富山県との係わり等説明を受け、634mからの眺望を楽しんだ後早稲田大学ガーデンハウスに集合、講演会に参加。

同じく早稲田大学OBの県人会連合会の金岡常務が早稲田大学の大先輩政治家松村謙三先生の功績等につき語られた後、但田さんが上記の講演をされた経緯です。
我が庄川中学校近年の修学旅行は関西地区と広島原爆関連施設への訪問が続いているようです。
東京庄川会の誇りとして但田さんへ改めて敬意を表したいと思います。



以上報告でした。(東京庄川会会長 吉田敏一記)

森川勝彦さん 第59回東京富山県人会囲碁同好会大会にて優勝!

平成29年4月1日(土)日本棋院市ヶ谷本院にて開催された第59回東京富山県人会囲碁同好会大会にて、東京庄川会森川名誉会長が見事優勝されました。心より祝意を申し上げます。

1.戦評
  今回は初参加4名を含む29名の盛況で実力伯仲、白熱の囲碁会となりました。
  トップの成績は5名が全勝という実力者の接戦となりましたが、
  本大会の規約により下記の成績となりました。
2.上位入賞者
    優勝:森川 勝彦
   2位:伊井 治
   3位:笹林 文夫
   4位:萩原 健
   5位:日下 和雄
3.その他
  当大会は半年に一度開催されていますが数年前には、東京庄川会の但田幸禧さんも
  優勝されております。我こそはと思う方、ぜひチャレンジしてください。

  以上報告でした。(東京庄川会会長 吉田敏一記)

2017となみチュリップフェア開会式に東京庄川会から吉田会長と井田副会長が出席

平成29年4月21日(金)開催の題記「2017となみチューリップフェア開会式」に井田副会長とともに参加して来ましたので簡潔に報告します。
今年も快晴の天気に恵まれ、海外や全国数多くの関係市町村のトップが招待され見守る中、開会宣言、夏野市長、富山県知事、今藤市議会議長の挨拶、くす玉開花、そして富山県警音楽隊のファンファーレでもって式典は無事終了しました。
今年の目玉は昨年に続いて「チューリップの大谷」ですが、去年より更に10m延び、30mの白いチューリップの長い壁は圧巻で、関係者の努力の跡が実感できるものでした。
700種300万本が鮮やかに配置され、まさにチューリップ花の楽園でした。
また「モネの池」を連想させる水上で動くチューリップ池も見事でした。









以上報告でした。(東京庄川会会長 吉田敏一記)

新規賛助会員「有限会社泰栄農研」を東京庄川会吉田会長と井田副会長が訪問

平成29年4月20日(木)午後、昨年から新規賛助会員として東京庄川会に加入頂いた有限会社泰栄農研柴田社長を、井田副会長とともにお礼方々訪ねました。
農業の法人化と規模の拡大、高年齢で水田や畑作を放棄せざるを得ない農家への援助対策等々、謙虚で且つ熱い方針等を語ってもらい、60代後半の当方も沢山のエネルギーを頂きました。ホームページも所有されておりご覧ください。庄川に帰省されましたら道の駅等で同社の無能薬野菜も販売されていますのでお立ち寄りください。

(東京庄川会会長 吉田敏一記)

東京富山県人会連合会「平成29年度定時総会」・講演会に東京庄川会から吉田会長と井田副会長が出席

平成29年3月28日(火)午後3時から、東京富山会館5階会議室にて、始まりました。
(1)総会は、平成28年度事業報告・収支報告、平成29年度事業計画・収支予算の説明があり、すべて承認・可決されました。要点は次の通りです。
・平成28年度は連合会100周年行事があり収支共に膨らんだが、今年度は例年の収支に戻る。
・昨年度から、富山県からの受託支援事業として、
①県内高校生の首都圏研修旅行サポート事業
②県情報の首都圏広報事業(会誌「富山と東京」に県内の情報を2ページ分掲載)を新規に開始。今年度はこの活動を更に充実させる。
・連合会のホームページ及びフェイスブックを開設した。今後活用を図る。

尚、来賓として出席の酒井富山県首都圏本部長から、次の3点の紹介があった。
・来年から市場にデビューする富山米の新品種の名称が、「富富富」(ふふふ)に決定。
・富山県のUターン、Iターン支援センターの案内(https://uturn.pref.toyama.lg.jp/index.php
・特に、「介護職でとやまに住もう!」キャンペーン(http://toyama-teiju.jp/

(2)講演会は前墨田区長の山崎昇氏が「観光のまちづくり」と題して、今や東京観光の一大スポット 「東京スカイツリー」の誘致や昨年開設の「すみだ北斎美術館」の計画から開館までの苦労話を、ユーモアを交えて話され、大変興味深く聞くことができました。以下要点です。
・出身は福野。出生時(昭和20年)は西砺波郡西野尻村で、昭和32年の昭和大合併で、西野尻村は小矢部市、福光町、福野町に3分割され、自分は福野町に編入された。
・昭和28年の台風で小矢部川が氾濫し父親の田圃が水に浸かり大変困窮した。
・昭和38年の豪雪の時に近所の年寄りの家の屋根雪下ろしが人生最初のボランティア。
・昭和39年高校卒業。叔父の勧めで墨田区役所に就職。叔父も山崎氏の先々代の区長で、両国国技館誘致や隅田川花火大会再開に尽力された。
・スカイツリー誘致は10箇所が立候補の中、成功した。それまで浅草止まりだった観光客を隅田川を越えて呼べるようになった。
・すみだ北斎美術館の開設には建物建設や作品購入資金をどうするかが一番の問題だったが、多くの方の援助や偶然の幸運が重なって、開館にこぎつけることが出来た。
現在、収蔵点数は1500で目標は2000。幻の絵巻「隅田川両岸景色図巻」も所蔵しており、是非来館してほしい。お蔭様で、入館者の列ができるほど大変人気があります。

(東京庄川会副会長 井田誠治記)

東京富山県人会「平成28年忘年のつどい」に東京庄川会松本副会長が出席

平成28年12月16日(金)午後6時から、東京富山会館5階会議室にて、事務局長の司会により「平成28年忘年のつどい」が始まりました。
何しろ、この会に参加するのは初めてで、誰も知っている人はいないだろうなー、そして仕方ないから、一人で黙って皆さんのお話を聞いてから帰ろう、、、と思って出掛けました。期待もしていませんでした。
まず一部は、富山県首都圏本部本部長の酒井武史氏の「富山県の地方創成と首都圏戦略について」の講演会でした。
要約すると、北陸新幹線開業による利用者アップ、東海北陸自動車道等の整備促進、富山空港・伏木富山港の利用等で、国内外の観光客を増やし、県の発展を促したい。又、人口減に対して、産業振興・若者等の雇用創出、県内への移住促進、女性・高齢者などの多様な人材の確保等々で、人口減少を減らす対策を考えている、、、。約一時間の話でした。
我々富山県出身のものとして、富山が発展することを心より願ってやみません。
講演後、桑山会長の挨拶に始まり、懇親会の幕が開きました。顔見知りの人が全くいないと思っていたところに、以前勤めていた会社のOBの方の顔を見つけて挨拶したところ、ご本人は東京八尾町郷友会の会長さんで、東京井波会の会長さん、関東利賀村会の会長さん等、次々と5人の方を紹介していただき、思いもよらない楽しい忘年のつどいとなりました。
今後、東京庄川会の世話人の皆様にも、ぜひ参加していただきたい!と痛感した次第です。
(東京庄川会副会長 松本昇記)

「第98回草月いけばな展」に庄川町出身の栂野恵秀さんが出展

平成28年10月26日~31日で日本橋高島屋にて開催の草月流90周年記念・第98回草月いけばな展「花は、私になる。」に、庄川町出身の栂野恵秀(とがのけいしゅう)さんが本年度も家元 勅使河原茜様と同じエリアで作品を出展され、連日沢山の入場者のなかで一際大きな注目を集められておられます。我がホームページでご紹介させていただきます。

本日28日に高松、井田両副会長と鑑賞してきました。
写真のとおり極めて前衛的?な作品で、不案内な小生にとっては驚嘆するばかりでした。とはいえ他の多くの作品にもふれることができ心豊かになって会場を後にできました。
栂野さんも「見る人それぞれがそれぞれの感じ方をしてもらえばそれでいいのです!」とのことで内心ほっとした思いです。

栂野恵秀さんは東京庄川会会員の内野慶恵子さんのお姉様で、旧姓は森野恵美子さんです。
現在富山市にて草月流富山県支部 藹(あい)の会代表として幅広くご活躍中です。
また来年もお会いできることを楽しみにしている次第です。





以上(東京庄川会会長 吉田敏一記)

「東京富山県人会連合会創立100周年記念・懇親のつどい」に参加して

平成28年6月2日16時よりホテルニューオータニにて開催の掲記記念大会に東京庄川会会長として参加して来ましたので下記に簡略に報告します。なお当会からは、藤井直和特別顧問、森川名誉会長、金子朝子さん、山本吉秀さんご夫妻も併せて6名参加しました。
懇親会の丸テーブルは10人掛けで100卓弱あり、全体では1000人を超える極めて大規模で、質的にも素晴らしい正に県人会100周年に相応しい式典でした。
懇親会で庄川会は井波会と同テーブルで懇親を深める中、夏野市長、今藤議会議長、水上秘書そして坂井ホテル・旅館組合理事長もご挨拶に寄られ労いを受けました。全体では4時間近くにわたる大イベントでした。
東京富山県人会の次なる200年目に向けますますの発展を期す次第です。
式典内容は下記の通りです。

第一部・記念式典
 1.記念コンサート オペラ歌手 高野百合絵(富山市出身)
 2.記念式典
  ①開会の辞   名誉会長  川田忠樹
  ②会長挨拶   会長     桑山征弘
  ③ふるさと賞授与
  ④来賓祝辞   富山県知事 石井隆一
 3.記念公演   万葉雅の舞、丹頂千歳祭

第二部・懇親のつどい
 1.開会の辞    副会長   山田郁子
 2.会長挨拶    会長    桑山征弘
 3.叙勲栄誉者紹介祝意
 4.来賓挨拶    富山県知事   石井隆一
             元衆議院議長 綿貫民輔
 5.乾杯       富山県県議会議長 大野久芳
 6.ふるさと民謡、福引抽選会、等々
 7.開会の言葉   実行委員長  大松日出夫
  司会:古屋和雄、葛西聖司 元NHKアナウンサー






以上(東京庄川会会長 吉田敏一記)

 

吉田敏一東京庄川会会長 2016砺波チュリップフェア開会式に出席

平成28年4月22日(金)開催の2016砺波チューリップフェア開会式に、東京庄川会を代表して出席してきました。
夜来の雨もすっかり止み、若干風はあるものの好天気の下、開会式が挙行されました。
来賓としてオランダ、中国の総領事をはじめチューリップを中心とした関係市町村のトップが招待され、夏野市長のご挨拶、市議会議長の開会宣言で大いに盛り上がり、県知事等の来賓挨拶終了後、ファンファーレの鳴り響く中、薬玉も見事に割られ無事終了しました。

今年の目玉は黒部アルペンルートの「雪の大谷」ならぬ「チューリップのフラワーヒル花の大谷」が20メートル余り続くチューリップの壁でした。 いずれにしても全体で700種、300万本のチューリップは見事以外の言葉は探しえません。

来賓の中で庄川町と姉妹都市を結んでいる北海道むかわ町長も、同町松商工観光グループ長とともに出席されていることがわかりさっそくご挨拶。
「むかわ町に来られたら是非訪ねてください。目一杯歓迎します。」との有り難いお言葉を頂きました。

夏野市長にも歓迎頂き、昨年は東京庄川会総会に出席できず申し訳なかったとのお言葉を頂きました。記念撮影は添付の通りです。(風が強く、少ない髪が大いに乱れています。)

その後はフリータイムとなりましたが、砺波市庄川支所長天野邦子さんと、砺波市農地林務課長大浦信雄氏(我が実家のすぐ近くの紳士)の付きっきりでの園内及び館内の丁重な案内と説明を受け、お昼は用意いただいた豪華昼食をふかまつで頂戴しました。
身に余る完璧なVIP待遇を受け感激の至りでした。最後は新旧のプリンセスチューリップお二人とのおまけの記念撮影もありました。










以上報告でした。(吉田敏一記)

 

古平真出展の展覧会開催される

くらし彩発見01平成27年11月14日から19日まで、北青山のオリエアートギャラリーで、建築家集団「若建」のグループ展「くらし彩発見 建築家と工芸家のカタチ店」が開催され、古平真も一輪挿しを出展しました。
展覧会初日が東京庄川会の総会と重なり、スケジュール調整に苦労しましたが、展覧会は、ガラス工芸家、染色織物作家、木工家の作品をはじめ、建築家が普段の活動とは一味違ったフレスコ画や照明器具、簡単茶室や禅語の扇子を作製して販売するというユニークな展覧会でした。
くらし彩発見02古平真は、建築で用いられる柱材をサイコロ状にカットして、それをさらに斜めにカットすることで年輪の木目の美しさを強調したものと、試験管をカットした花入れ部分とを組み合わせて一輪挿しを作成しました。
好評をいただきお蔭さまで完売しました。
くらし彩発見03展覧会の会場には、吉田会長をはじめ、高松章子さんや井田誠治さんに来場いただきました。お忙しい中ありがとうございます。吉田会長とは入れ違いになり皆さんで記念撮影が出来なかったのが残念でした。  
(古平記)

髙松章子さん出演のコンサート開催される

第43回『ムジカ・ノヴァンタノーヴェ』画像01第43回『ムジカ・ノヴァンタノーヴェ』が平成27年6月13日(土)午後3時30分から霞が関イイノホールにて開催され、会員の髙松章子さんが出演されました。
東京庄川会からは吉田会長含め5名が聴衆として会場に駆けつけ、髙松さんはじめ出演者の歌声と演技に魅了されました。

第43回『ムジカ・ノヴァンタノーヴェ』画像02コンサート終了後、近くの焼き鳥屋で髙松さんを囲み、親しい人達とともに懇親会を行いました。  
(事務局記)




母校庄川中学校

庄川中学校平成30年新学期の状況

2018 年6 月9 日
東京庄川会会長 吉田敏一

先般の庄川観光祭夜高行燈コンクールにて、母校榊校長先生と同席の栄誉を頂いた際に、平成30年度新学期の様子を是非東京庄川会HPに掲載し会員へ案内したいのでご一筆お願いします旨お願いしましたところ、快く引き受けて頂きました。
今年度の新入生は57 名とのことです。また校長先生のお計らいにて母校の専用HP右サイドに我が「東京庄川会」HPをリンクさせて頂くことになり早速実現の運びとなりました。
このことにより郷土の父兄の皆さんや町民の方々にも東京庄川会HPを開いて頂ける機会が確実に広がるものと確信しております。郷土との距離は新幹線開通で物理的に縮まり、HPのリンクでもって精神的に更に近くなり本当に嬉しい限りです。
今後は東京庄川会HPをますます豊かな内容に発展させていくべきと改めて心した次第です。
ここに頂きましたお手紙の内容と新3 年生の修学旅行記念写真を掲載させていただきます。
榊校長先生には迅速なご対応に改めて感謝申し上げる次第です。

 

東京庄川会 会員の皆様へ

庄川中学校で2年目となりました。昨年度本校が 70 周年を迎えた際、東京庄川会の皆様 には、多大なご厚志をいただきましたこと、吉田会長には遠路ご来校いただき、式典にご臨席いただいたこと、本当にありがたく皆様とのつながりを深く感じた次第です。本年も、生徒にとって楽しい学校となるよう努めてまいりますので、ご支援ご助言を賜りますよう お願い申しあげます。
振り返りますと、昨年は本校にとって素晴らしい年であったと思います。70 周年を迎え 記念式典を開催できたこと、同窓会を中心として実行委員会が立ち上げられ、地域の皆様からご支援をいただいて記念事業が行われたことは、本校にとっても大きな成果となりま した。教職員一同、今後の新たな 10 年に向けて、気持ちを一つにしたところです。
さて、昨年の部活動の県大会では、男子バレーボール部は優勝、ソフトテニス部とソフトボール部は2位、吹奏楽は金賞、柔道部の個人では男子 81kg 級で優勝等の成果を収め、北信越大会や全国大会への出場を果たしました。今年も大きな目標を掲げ、日々練習に励 んでいる生徒の姿には、その心意気はしっかりと引き継がれていると感じます。
本年度は、新入生 53 名を迎えました。69 名が卒業しましたので、若干生徒数が減少しています。しかし、4月以来の仲間との関わりを深め、部活動、生徒会その他の活動に取り組んでいる姿を見るにつけ、本校の校訓である「明快錬磨」を体現し、力強く伝統を受け 継いでくれるものと確信しております。
くらし彩発見02また、本校生徒が頑張る様子を多くの皆様に伝えたいと考え、本年3月に学校ホームページを一新しました。日々記事を更新しておりますので、東京庄川会の皆様にも、生徒の息吹や学校の雰囲 気を感じていただけるものと思います。是非ご覧ください。くらし彩発見02
右のQRコードにより、スマートフォンからもご覧いただけます。
最後になりますが、今後とも会員の皆様のご健康とご活躍、東京庄川会の更なるご発展をお祈り 申しあげます。

平成 30 年6月
砺波市立庄川中学校 校長 榊 泰晴

くらし彩発見02



 

 

 

 

 




榊泰晴校長よりのご挨拶

東京庄川会 会員の皆様へ

この4月に庄川中学に着任しました榊と申します。どうぞよろしくお願いいたします。

本年度は、新入生48名を迎え、生徒数184名でスタートしております。生徒たちにとっては、今年はどんな友達と一緒だろうか、担任の先生や部活動の先生は誰だろうかと、期待と少し不安をもちながらのスタートだっただろうと思います。しかし、4月下旬、1年生は砺波青少年自然の家へ「徒歩で行ったオリエンテーション学習」、2年生は5~6人班で「県内全域での判別学習」、3年生は「広島・大阪・京都・奈良の修学旅行」等を通して、くらし彩発見02仲間との絆も少しずつできてきたのではないかと思います。授業や部活動、生徒会その他の活動等が順調に進んでいること、日々の清掃においても、静かに持ち場を掃除する生徒の姿が毎日見られることなどから、生徒の安心感が伝わってきます。

さて、昨年から部活動での本校生徒の活躍には目を見張るものがあり、本年度も目標をもって練習に励んでいます。砺波地区内で好成績を収めることはもちろんですが、剣道部、柔道部、男子バレーボール部、ソフトテニス部等は、富山県で優勝、北信越大会や全国大会に出場するなど、大きな目標を掲げています。 

庄川町では、スポーツ少年団という形で、地域指導者が小中学生のスポーツ指導や夜間の練習に携わってくださっています。このことが、規模の小さい本校での成果につながっています。学校での部活動指導が教員の多忙化を生んでいるとの論調もある中、 その軽減にもなっており感謝しているところです。

また、本年度は本校創立70周年を迎えています。 記念事業実行委員会が設けられ、記念式典の記念事業について検討が進められています。 協議の進捗等については、次の機会にお知らせしたいと思います。

最後になりますが、今後とも庄川中学校を思い出していただき、卒業生である皆様の絆が強まるよう、情報提供をさせていただきます。会員の皆様には、本校を見守っていただくことをお願いいたしますとともに、東京庄川会の更なるご活躍とご発展をお祈り申し上げます。

平成29年5月 
砺波市立庄川中学校 校長 榊 泰晴

吉田会長と井田副会長が母校庄川中学校新旧校長を訪問

平成29年4月20日(木)午前、4月1日付で石動小学校校長に転任された笹島康代校長先生を同校へ訪ね、庄川中学校校長時代の3年間大変お世話になったこと等に対して、井田副会長とともに東京庄川会を代表して、深い感謝の気持ちを伝え、心からのお礼を申し述べてきました。くらし彩発見02
さすが笹島先生!もうすっかり新職場に慣れられた様子で我々も安堵の気持ち、まさにご同慶の至りでした。
庄川町町民の、子供たちの教育に関しての群を抜いた熱心さに、且つ父兄やOB ・OGの力強い継続的な援護に心を打たれ続けたとのお言葉がありました。

また翌21日(金)午後、新しく着任された新校長榊泰晴先生(さかきやすはる)を訪ねご挨拶してきました。くらし彩発見02笹島先生からも東京庄川会のことはしっかりと引継ぎを受けていますとの嬉しいお言葉を頂戴し、先輩やご友人のこと等の情報も示唆頂きました。
ご出身は般若で、体育教科を長年担当されたとの由、我々に対してもきちんとしたそして丁重な対応を頂きました。
今年10月には創立70周年記念式典も開催予定とのことですが、改めて今後の弊会との情報交換とご指導をお願い致しました。
(吉田敏一記)

吉田会長と井田副会長が母校庄川中学校笹島校長を訪問

平成28年4月22日(金)午後、井田副会長とともに母校庄川中学校笹島校長を訪ねました。
先生からは先般卒業式で60名の全生徒を無事高校へ進学させることが
できたこと(報告済)、また4月7日の入学式では新たに66名の新入生を
迎え入れることができ、大変嬉しく勢いを感じるとの お言葉を頂戴いたしました。
正にご同慶の至りです。
東京庄川会としては若い会員の拡大を大きなテーマとして抱えており、
独自努力は継続していくが、学校側からも機会があれば様々の情報の提供を
お願いしたい旨依頼させて頂きました。

一方母校は来年4月に創立70周年を迎えるとのこと(因みにS24年生まれの
小生が卒業してから半世紀以上経過したことになります!)で、更に庄川中学校の
存在感が増すように諸先輩の力を借りて 努力していきたい旨の力強い抱負を賜りました。
また我が中学校のOB・OGの方々は本当に後輩思いが強く、物心両面からの力強い
援助に感謝しているとの嬉しいお言葉もありました。

我々東京庄川会に応援できることは、経済的にも物理的にも限りがありますが、
先ずは精神的に 少しでもこの会が役立てるよう幹事一丸となって盛り立てていきたいと
改めて決意した次第です。
出来れば何か形になることをしたいと考えています。地元OB会とも連絡を密にして
積極的に取り組んでいく所存です。

笹島校長には向こう1年間引き続き母校の発展のためご指導を、また今秋の東京庄川会
総会にご都合がつけばご出席を賜りたい旨お願いして母校をあとにしました。
(吉田敏一記)

平成27年度卒業式無事終了 全卒業生高校進学

笹島 康代校長より 東京庄川会 吉田会長あてに、27年度卒業式無事終了と全卒業生高校進学のお知らせのメールを頂きましたので、紹介させていただきます。(事務局で以下転記)

ご無沙汰しております。

庄川中学校の桜並木の枝先が春の日差しを受けて真っ赤になっています。 
4月に鮮やかなピンク色の花を咲かせようと花芽に精いっぱいの色を送っているのだと思います。
 
そのような中、3月15日、60名の生徒が卒業し、庄川中学校同窓会員となりました。
また、現時点で60名全員が進むべき高校を決定しました。
たいへんありがたいことです。

彼らのこれからの活躍を祈るばかりです。
そして、4月7日には66名の新入生を迎えます。
また、新たな1年が始まります。

今後ともよろしくお願いいたします。

平成28年3月23日 
砺波市立庄川中学校校長 笹島 康代

笹島康代校長よりのご挨拶

東京庄川会 会員の皆様へ

 東京庄川会発足50周年、おめでとうございます。さらに、東京庄川会ホームページの立ち上げも重ねてお祝い申し上げます。

 現在の庄川中学校は、生徒数189名、各学年2学級の規模となっております。 校訓である明快練磨の精神が脈々と受け継がれ、悠々と流れる庄川のせせらぎとともに、春には堤防沿いに続く櫻花、秋には対岸の紅葉、そしてグラウンドの砂が舞い上がるほど吹き荒れる庄川特有の風など、移りゆく自然の様を体感しながら、庄中生は、勉学にスポーツに芸術活動にと取り組んでおります。 
 また、学習や部活動において、日頃より地域の多くの方に指導者として協力をいただいています。そのおかげで、多くの部活動が優秀な成績を収めています。
 本校は、ふるさと教育に力を入れています。総合的な学習では、1年生から3年生まで「ふるさと庄川」のよさや特色、郷土に生きる人々に焦点をあてながら自分自身の在り方について考える取組を行っています。地域の皆様に手厚く支援していただきながら、木工ろくろ体験や庄川音頭の実演、庄川地域の地形や庄川に棲む魚の学習など、この地域ならではの活動を行っています。

 さて、今夏、東京庄川会会長 吉田様と副会長 井田様から、ホームページへの協力要請がありました。後輩たちの姿や現在の学校の状況を会員の皆様に伝えることで、庄川中学校を思い出していただき、会員のつながりを強めていきたいという強い思いを伺いました。本校にとって、東京庄川会は、新たな応援団です。多くの方々に見守っていただけることは、たいへんうれしいことです。
 これから本校を旅立つ生徒の中にも将来、皆様のお仲間に入れていただくことがあると思います。今後も庄川中学校の卒業生の絆が強まるよう、東京庄川会の更なるご活躍とご発展を願っております。

                    平成27年10月 
                    砺波市立庄川中学校校長 笹島 康代

 

庄川町情報

雄神地区の歴史を冊子に/「雄神誌」が完成しました(2020年3月25日発行)

砺波市の地域創生事業の一環として、雄神地区では郷土史編集の取り組みが2017年から始まり、この度完成しました。「雄神誌」は地区の各世帯、図書館に配布されます。
「雄神誌」の概要
 ・A4判、120ページ、オールカラー
 ・内容 年表に31ページを充て、西暦80年ごろの雄神神社創建から令和時代の窯跡発見
  までの歴史をカラー写真や図で紹介。
  続いて、「雄神」の名の由来、雄神地区の各地名の由来、神社・仏閣、名所・旧跡、地
  勢、産業、年中行事などが紹介されています。
 ・表紙 表紙・背表紙及び各裏見開きの計6ぺージに亘り、庄川弁財天社御開扉絵巻(平成
  2年)が用いられています。
  弁財天社の御開扉は33年毎に実施される700年近く続く水神様のお祭りで、各部落から、
  獅子舞・仮装行列・餅まき等の祝い事が順次奉納されます。
  平成2年の第20回御開扉は8月2日~5日の4日間行われました。
【絵巻製作者:藤井治紀(ふじいはるき、庄川中・昭和39年卒、中野出身、平成29年没)
(写真上5枚:表紙に使用された絵巻の一部)       
(写真左:「雄神誌」を持つ坂井さん(右)と「雄神村誌」を持つ有澤さん)
(写真右:「雄神誌」を広げる齋藤さん)

         



・参考資料 
 「雄神村誌」(1924年・大正13年、畑六次郎・雄神小学校元校長編纂)
 「庄川町史」(1975年・昭和50年、庄川町町史編纂委員会編纂)
 他多数

編集委員 委員長 林 直一(庄川中・昭和32年卒)
     委員  有澤敬一(庄川中・昭和39年卒)
         大井政信(庄川中・昭和45年卒)
         小谷太平(庄川中・昭和35年卒)
         齋藤次子(庄川中・昭和41年卒)
         坂井勇雄(庄川中・昭和38年卒)
         長谷 明(庄川中・昭和41年卒、東京荒川区在住)
         松本宣雄(庄川中・昭和47年卒)
         松山友之(庄川中・昭和53年卒)
(編集委員の皆様)



















会員エッセー

「70歳からが本当の人生だ!(知・気・体力への挑戦) 」 吉田敏一 記
(東京富山県人会連合会誌 「富山と東京」 令和3年1月号掲載)

東京庄川会会員の皆さま 令和3年新年あけましておめでとうございます! コロナパンデミックの終焉が見通せない中、厳しい年明けとなりましたが皆様方には良き新年を迎えられたこととお慶び申し上げます。
年頭にあたり、本年も庄川魂でもって掲げられた個々の目標突破され、実り多き1年でありますよう心よりご祈念申し上げます。
昨年末東京富山県人会連合会より令和3年年男(72歳)としての抱負等々エッセイ寄稿依頼を受け、恥ずかしながらも思い切って「夢は大きく・目標は高く!」の若人精神でペンを走らせましたのでご笑覧ください。
令和3年正月 東京庄川会会長 𠮷田敏一

「70歳からが本当の人生だ!(知・気・体力への挑戦)」

思えばまだ56~7歳の時だった。第2の職場で某社長が60歳定年退職を迎えることになり有志でお祝いの色紙を贈った。今考えればあまりに厚顔無恥で冷や汗ものだった。 「人間60歳からが本当の人生だ!」どこかの人生訓から借りてきたような言葉をそのまま記してしまった。60歳以降の人生ましてや70歳以降の人生なんて何も知らない若造がよくも大先輩に向けて物知り顔をしたものだ。失礼千万この上なき噴飯ものだった。
65歳で無事サラリーマン人生を終えた時、充実感あったものの悔い多く果たして本当の人生とはなんだろうか?未だに答えを探し出せない忸怩たる思いである。青年時・壮年時にやり残したことは枚挙に遑ないが、たとえ老年時に突入しても少しでも実現に向け人として努力をするのが本当の人生なのでは?肉体は満身創痍だが(脊柱管狭窄症術後も完治せず)、幸い気力はまだ高いレベルで維持できており(学生時代ボート部で鍛えたど根性は永久に不滅です?)、できるものなら70歳前に心身ともに再充電し具体的に決断しよう、そして70歳からチャレンジスタートしようと手の届かない夢物語的な目標も併せて設定し現在取り組んでいる。昨今多くの企業で定年も延長され60代はまだ働き盛り?と言っても過言ではないだろう。換言すればほぼ全ての肩書を捨て様々な抑圧・しがらみから解放、再び裸の一個人に戻れる70歳こそ本当の自由で自分にチャレンジできる人生が始まるのではないか。
もし80歳まで生あるならばその時こそ「人間70歳からが本当の人生だった」と他言できるよう有り余る時間を駆使、退化著しい頭脳をフル活用し経済が許す限り勇往邁進したいものである。
先般もイタリアではコロナパンデミックの中、96歳で大学を卒業、夢かなえたレジェンド(元退役軍人)のトピックもあり、学ぶに決して遅すぎることはないことを示している。
知力・気力・体力の各フィールドでは下記高レベルの目標を掲げている。
1. 知力面:①英検1級取得(語学オタク家族に刺激!現在高3年レベルまで回復中)
       ②英国または米国への短期留学(大学4年次英国郵政省ストで未実現)
       ③浄土真宗「正信念仏偈」の完全暗唱(これでこそ父母への供養?)
2. 気力面:①休肝日・年間120日(月あたり10日)達成
       ②早歩き40分・年間120回達成
       ③東京オリ・パラボランティア20日間貢献
3. 体力面:①腰痛との戦いに勝つ(ゴルフの復活と再度シングル取得)
       ②百名山へのチャレンジ(現在まだ9山)
       ③マスターズボート大会へ漕手として復活(世界大会へ参加)
4.番外編:①映画鑑賞年間50本(ここ数年は年間40数本) 最後に東京庄川会の活性化と発展にも全知力・気力・体力を注ぎたい!

「人生のトリ」  但田幸禧(東京庄川会顧問 前副会長) 記 
        (東京富山県人会連合会発行 「富山と東京」 平成29年1月号掲載)


私は音楽が好きだ。とりわけクラシック音楽は大切な宝物だ。

芸術には様々なジャンルがあるが、音楽だけが際立った特徴を持つ。
それは何か。「形」の無いことである。
あるのは「音」のみであり、発せられた瞬間、
空気を振動させて、そのまま消えてゆく。
形が存在しないが故に説明することは甚だ難しい。
だが、だからこそ記憶の中に鮮明に残るとも言えよう。

私の音楽人生の中で大切な場面があった。
まず最初は平成2年秋、
妻と共に参加したツアーのウィーンでの出来事である。
街なかのホイリゲ(居酒屋)でツアー仲間とワインを楽しんでいた時のこと。
音楽の都らしく15人程度の小オーケストラが演奏している中、
ブラームスの「ハンガリー舞曲第5番」を開始した。
私は何を思ったか突然フォークを握りしめてオーケストラの前に立ち、指揮を始めた。
そして曲の終結部”ジャン、ジャン、ジャンー”に至る迄、
我を忘れて指揮棒ならぬフォークを振り続けた。
そして終わった途端、居合わせた地元のお客さんから、やんやの拍手が沸き上がった。
中には「ジャパニーズカラヤン!」という声まで聞こえて来た。
最初は「やめなさいよ」と言っていた妻までが満面に笑みを湛えて
「貴方、素敵よ!」と言ってくれた。
「カラヤン」がお世辞であることは当然分かっていたが、私には大きな喜びであった。

続いては平成26年10月、ベネチアでの思い出である。
コマツ同期入社と奥様たち12名でツアーを組みイタリアへ行き、
ベネチアで管弦オーケストラのコンサートに行った時のこと。
演奏が終了し、余韻に浸って隣の広場でビールを飲んでいると、
アコーディオン弾きのおじさんがやってきて一曲歌わないかと誘いを受けた。
皆は顔を見合わせ尻込みしていると、この時も何を思ったか敢然と立上り、
「それでは日本を代表して”オーソレミオ”」と告げ、
若い頃に覚えた多少怪しいイタリア語で歌い始めた。
ご存じの様にこの曲は最後のフレーズを1オクターブ高く盛り上げて終わるが、
この時は高揚した気分とビールのお陰でのどが十分潤っていたせいか、
自分でも信じられない位に力強くハリのある声を響かせることができ、
歌い終わるやいなや、居合わせた100人位の人達から「ブラボー」と大きな拍手を受けた。
何より驚いていたのは、我が妻と同期生の面々であった。
私は本場のイタリアでカンツォーネを歌えたことに大きな安堵と興奮を覚え、
両手を上げて喝采に応えた。

3番目は昨年9月11日のことである。
県立福野高校合唱部OB・OG約50名で「赤とんぼの会コンサート」を
南砺市福野の「ヘリオース大ホール」で開催した。
卒業後50余年の時を経て全国に散らばったOB・OGたちが約5年間、
2~3か月毎の練習会を重ね、晴れて臨んだ一期一会のコンサートであった。
時間と空間の制約を超えてのコンサート自体が奇跡であったが、
ほぼ満員の聴衆と共に大きな感動の渦の中に居られたことが
信じられない奇跡のひと時となった。
最後の曲「ふるさとの空」を歌いながら、私は感動し、万雷の喝采もかすんで見えた。
多少自慢めいた話になったが、年寄りにはこれが何よりの楽しみなのでお許し願いたい。

さて今年は7回目の年男である。
8回目、9回目のトリ年を迎えられるかどうかは心もとないが、
「色トリドリ」の音楽を、歌を楽しみながら余生を送りたいと願っている。
そして最終章「人生のトリ」を音楽を聞きながら逝きたいと望んでいる。
しかし私のことだから、突如、起き上がって指揮棒を振り始めるかも知れない。

映画「人生の約束」(2016.02.05 井田誠治 記)

舞台が新湊ということで見に行きましたが、期待以上に感動しましたので、
みなさまにもお勧めします。

テーマは「つながり」なのでしょう。
親子・夫婦のつながり、近所・地域のつながり、社会のつながり、
同級生のつながり、先輩後輩のつながり、上司部下のつながり等々・・・・
これら、さまざまなつながりを、新湊の曳山祭りを背景に描かれていました。

新湊の街、運河、海、海の向こうの山々(立山連峰)、運河・海を進む漁船、
そして夜の街に勢ぞろいする曳山。
これら新湊の景色が、ことのほか新鮮できれいで、それを見るだけでも価値があります。

それと、やはり言葉が言葉だけに、引き込まれるものがありました。
西田敏行の「なんつかえん、なんつかえん」というつぶやきは、
富山県出身者じゃないと、聞き取れないのではないかな、と思ってしまいます。

ティッシュ・ペーパーやハンカチでは足りません。
是非、タオル持参で見に行ってください。

 

東京庄川会ホームページ作成顛末記その2(2015.10.10 古平真 記)

 11月14日に開催される平成27年度の東京庄川会総会の案内状発送に、東京庄川会のホームページの公開を間に合わせるという大前提 があった。それで不十分な点は重々承知の上で、ぎりぎり9月28日のホームページ公開にたどり着いたのだ。
 9月末から10月初旬に発送した総会案内状には、「東京庄川会のホームページを公開しましたので、「東京庄川会」で検索してください。」と案内した。そろそろ会員に案内状が届いている頃だろうなという10月初旬に「東京庄川会」で検索しても、まったく検索に引っかかってこない。東京庄川会のホームページは、我々のものしかないから、簡単に検索できるだろうと安易に考えていたので、あわててしまった。
 「東京庄川会」で検索すると、9万件近く検索に引っかかることには驚いた。吉田会長や井田事務局長からも、いつになったら検索に引っかかるかという問い合わせが続いた。私も一日に何度「東京庄川会」と入力して検索したことか。数日間、入力しては、「まだ駄目だ。」と落胆し続けた。1ページ目には無理でも、後ろの方の出てるかと、何ページも見たが出ていなかった。20何ページ目には、私が昔、東京庄川会総会に出席した時のブログの記事が引っかかっているのには驚いた。
 検索熱がすこし冷めてきた10月8日に、井田事務局長から、「1ページ目に検索結果がでてくるようになった」と一報が入った。「東京庄川会」と検索して、東京庄川会のホームページが検索されないはずはないと信じていたものの、1ページ目に出てくるようになって、素直にうれしかった。ほっとした。このささやかな感激を忘れずに、東京庄川会のホームページを充実していけたらと思います。
 皆様の投稿、情報提供を切にお願い致します。事務局井田氏宛にどんどん投稿宜しくお願い致します。

東京庄川会ホームページ作成顛末記(2015.10.01 古平真 記)

 吉田新会長の強い希望によって、東京庄川会のホームページを公開しようということになったはいいが、誰が作成するかということで、自分の会社のホームページを公開している私が、ホームページの準備委員会のメンバーに引き入れられた。吉田会長、井田事務局長(副会長)、松本副会長、私の4人で打合せがスタートした。
内容は他の郷土会のホームページを参考に、東京庄川会でできる内容を絞り込んだ。
 作成は、私の会社のホームページを作成してくれた前田わこ氏(私の専門学校の教え子でもある)に格安でお願いすることになった。準備委員会のメンバーが私の事務所に集まって、白熱した議論が繰り返された。枝豆とビールも議論の白熱化に寄与したようだ。
 東京オリンピックのエンブレム問題でも、画像の扱いが注目されたが、東京庄川会のホームページでも、扱う画像の著作権では神経を使うことになった。最後の最後で、著作権の問題のない画像に入れ替えて、とりあえず公開にたどり着いたというのがほんとのところです。
 これからはいかに新しい情報を更新していくことが出来るかが問われます。皆様の投稿、情報提供を切にお願い致します。事務局井田氏宛にどんどん投稿宜しくお願い致します。

賛助会員

次の方々が、東京庄川会賛助会員として登録されています。
(敬称略、アイウエオ順、2018年11月登録更新しました)

 越中庄川荘
 紺田糀・味噌醸造所
 庄川開発株式会社
 庄川泉源株式会社
 有限会社泰栄農研
 トナミ醤油株式会社
 鳥越の宿三楽園
 株式会社ロボテック

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